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美空ひばりとマイケル・ジャクソン





 美空ひばり 5月29日生まれ 


まさか美空ひばりの誕生日にかこつけて、マイケルのこと書こうとしてるなんて思ってもみなかった?w
実はこの二人には多くの共通点があって、前々から記録として残しておきたいと思っていたのです。
個人的感情を盛り込んだ内容ですし、こじつけと思われる箇所もあるかもしれませんが、こういうこともあったんだという程度にとらえてください(長文になりそうだし)。


 ******


二人の面影が初めて重なったのは、数年前にマイケルの曲「Childhood」を聴いていた時でした。
ふとこの曲をカバーできるのは日本人なら美空ひばりさんぐらいかな~なんて思っていたのです(すでにひばりさんは他界されていましたが)。 YouTube→ Childhood / マイケル・ジャクソン 

感情移入して歌う姿、子供時代から芸能界で活躍してきたバックグラウンドなど、二人の類似点がいくつか浮かんできました。ひばりさんが自分の子供時代をどうとらえていたかはわかりませんが、大人の厳しい世界の中でなにかと気苦労も多かったはず・・・。
「Have you seen my childhood? ~」で始まるこの曲の世界観を、見事な歌唱で表現してくれるのではないかと思いました。


またしばらくして二人の共通点をちゃんと探してみようと思ったのは、マイケルが一昨年、「ファイナルカーテンコール」の会見をした直後のことでした。本当に嬉しい待望の復活宣言ではあったのですが・・・。

「マイケルは不死鳥だ」と、その時思いましたが、同時に心臓に何かがちくっと刺さるような思いがありました。

「ファイナルカーテンコール・イン・ロンドン」という表現は、最後の公演をロンドンでやるという意味にも、ロンドンでの公演はこれで最後だという意味にもとれます。
ファンを焦らしたり翻弄することに長けていたマイケルのことだから、わざと曖昧な表現で混乱させたかったのだろうと思います。まったく人の気も知らないで・・・(笑)。
「ファイナル~」という言葉を使ったのは、この時だけではありませんでした。
過去にも、ジャクソンズとしての最後の公演ということで「ザ・ファイナルカーテン」というツアー名を付けようとしたり、ソロとして初めてのツアーで、すでに「これが最後のツアー」と発言したりしていました。
そうした過去の例を思い出したり、とにかく嬉しい気持ちのほうが優先していたので、なるべく悪い意味にはとらえないでおこうとは思っていたものの、マイケルがどこか遠くへ行ってしまうような不安な気持ちが湧きあがってくることは、その後も度々ありました。

そんな時、不死鳥というキーワードがまた浮かんできて、なんとなく美空ひばりという歌手の生きざまというものが気になって調べてみたのです。


以下は二人の共通していると思われる点です。
ひばり=H、マイケル=Mで表記します。


 ******


H: 1937年5月29日 M: 1958年8月29日 
・・・ともに、音楽好きな両親のもとに生まれる

H: 母・加藤喜美枝のマネージメントのもと幼い頃から各地をまわり、歌手の前座や慰問などで歌う。
M: 父・ジョセフ・ジャクソンのマネージメントのもと幼い頃から各地を回り、歌手の前座やナイトクラブなどで歌う。

H: 12歳の時に「河童ブギウギ」でコロムビアから歌手としてレコードデビュー
M: 11歳の時に「I Want You Back」でモータウンからジャクソン5のヴォーカリストとしてメジャーデビュー ・・・ともに、デビュー後すぐに爆発的人気を得る。

 ☆  ☆  ☆ 

その後二人は、10代20代と安定した人気とキャリアを築いていたように思いますが、30代から40代にかけて問題が降りかかります。

問題といっても本人が誰かを傷つけたとか仕事の手を抜いたとか、全くそのようなことではないのに、いわれなき「いちゃもん」のようなもので、音楽活動を制限された時期が長く続きました。

ひばりさんが芸能界から干されていたというのはよくわからないのですが、実力の割には人気があまりないのかな?ということを、子供ながらに感じていました。

マイケルもずいぶん長い期間、酷いことを言われ続けました;;

ただ、アンチもいたものの熱狂的なファンが多かったということも、二人に共通していえることでしょう。
不遇の時代も支え続けるファンの存在があったからこそ、二人は歌や芸能の世界を捨てなかったのではないかと思います。

そして・・・
再び強い光を取り戻す時がやってきました・・・

 ☆  ☆  ☆ 

H: 1988年4月(50歳) 東京ドームにて「不死鳥」コンサート実施
M: 2009年3月(50歳) ロンドンO2アリーナにて、7月からの「THIS IS IT」コンサートの実施を発表
(これは叶うことはありませんでした・・・)

H: 1989年6月24日 52歳の若さで永眠
M: 2009年6月25日 50歳の若さで永眠


・・・無念でした。
もし、世間がもう少し理解を示していたら・・・と思わずにはいられません。
二人ともそんなふうに生き急がずに済んだんじゃないかと・・・。

でも、燃え尽きるように天寿を全うして逝ったんだと・・・思わなくては。。

(すみません、じめじめしているのは梅雨のせいですw)

マイケルの早すぎる死を予感していたわけではありません。
むしろ長命なのだと(両親も健在だし)、やがて穏やかな老後を過ごすのだと信じていました。
だけど、不死鳥になって手の届かないところに行ってしまうのではないかという不安を感じていました。


 ******


ざっと来歴だけ比べても共通点は多いのですが、歌い手としても似たところがあると思います。

デビュー時にはマイケルはソウルを、ひばりさんは演歌(ジャパニーズソウル?w)を中心に歌っていたようですが、次第にジャンルにはとらわれない幅広い表現をするようになりました。
そんなところも保守的なファンや業界から敬遠されるきっかけになったのでしょうか。音楽界や芸能界の枠に押し込められないほど大きな存在だったからこそ、いじめられたのかもしれませんね。


さらに、ひばりさんはジャズなどの英語曲をよく歌っていましたが、英語を話すことはできないのだという話をよく聞きました。音譜も読めないけれど耳がいいのでコピーできるそうです。
YouTube→ It's Only A Paper Moon / 美空ひばり 

マイケルにもスペイン語やフランス語で歌った曲があります。
それらの言語を話す人に言わせると、それはとても綺麗な発音だそうです。
YouTube→ Je Ne Veux Pas La Fin De Nous / マイケル・ジャクソン 


あと、最初のほうでもふれたことですが感情移入が半端じゃなく、楽しい歌を歌う時には楽しく笑いながら、悲しい時にはひたすら悲しく、時には涙をこぼしながら歌うことです。
一曲でミュージカルや舞台演劇をまるまる一本見たような充足感をもたらしてくれることもあります。

そんな実力のある人たちが評価されないなんてとてもおかしなこと。
でも、YouTubeでひばりさんの曲に、たくさんのコメントが英語で寄せられているのを見て、やはり音楽や芸術に偏見なんて不要なんだと再認識した次第です。徐々に時代は変わってゆくことでしょう・・・^^


ひばりさんはエルヴィス・プレスリーも歌っていたので、もしかしたらマイケルのも歌ってないかなー? 
こうなったらものまねの青木隆治氏(マイケルとひばりのものまねが得意)に頼むしかないかしらw 
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ニホンゴでJ-POPを歌うスコット・マーフィー



ネイティヴアメリカンながら来日をきっかけに日本とJ-POPに魅了された、スコット・マーフィーJ-POPカバーアルバム『GUILTY PLEASURES 4』が本日発売されました。

『Flavor Of Life』宇多田ヒカルからはこんなコメントが届いたそうです^^

「ありがとうとーー!きーみに!いわれーるとー!なんだーかせつなーーーい!」って、全然せつなくねぇ~!(笑)だが、それがいい。ーーー宇多田ヒカル

・・・なんか、いいなぁ。。聴いてみたい!

今回のアルバムのプロモーションなどで現在来日中ですが、滞在中のTV出演やイベントの情報等はスコット・マーフィーの公式日本語ブログで確認することができます。
このブログ、最初の頃こそややアヤしい日本語ですが、今となってはほぼ完璧。私なぞよりも断然上手い!(笑)
「酢」なんて署名もご愛嬌ですwww

本日発売のアルバムより
岡村孝子の名曲『夢をあきらめないで』


ゲッツをチョイスするあたりが心憎いわぁwww

こちらは前作よりH Jungle with t『WOW WAR TONIGHT ~時には起こせよムーヴメント~』


アニソンから美空ひばりまで、彼のレパートリーec61f355の幅広さから相当の日本通ぶりがうかがえます。
今回の滞在が有意義なものとなりますように、お祈りします^^


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