カテゴリ:クラシック の記事一覧

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ブラックミュージックをいち早く取り入れたドビュッシー

月の光 ~ドビュッシー / ピアノ名曲集月の光 ~ドビュッシー / ピアノ名曲集
(1995/07/25)
アース(モニク)

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 クロード・ドビュッシー 8月22日生まれ 


「牧神の午後への前奏曲」、「月の光」など、多くの幻想的で優美な作品で知られるドビュッシーは、それまでの常識や技法にとらわれない独自の曲作りで、それまでドイツ系が活躍していた音楽界の流れを変えた一人でした。
ドビュッシーは特定の作曲家に影響を受けたというより、たとえば詩や絵画など音楽以外の芸術や、海や風などの自然界にあるもの、アジアやスペイン、ロシアなど異文化を持つ国の音楽から着想を得ることが多かったようです。


私生活では女性関係で何度か問題を起こし、そのことで数人の友人を失ったり、ややエキセントリックな傾向も見られたようですが、駆け落ちした人妻との間に娘〈愛称シュウシュウ・1905年生まれ)を授かると、女性関係もすっかり落ち着き我が子を溺愛したそうです。
その愛する娘、シュウシュウに捧げたのがピアノ組曲「子供の領分」でした。

  ・グラドゥス・アド・パルナッスム博士 (Doctor Gradus ad Parnassum)
  ・象の子守唄 (Jimbo's lullaby)
  ・人形へのセレナード (Serenade of the doll)
  ・雪が踊っている (The snow is dancing)
  ・小さな羊飼い (The little shepherd)
  ・ゴリウォーグのケークウォーク (Golliwogg's Cake-Walk)

以上の6つの小品の中でも特に有名なのが「ゴリウォーグのケークウォーク」で、ゴリウォーグというのはイギリスから広まった黒人の人形のキャラクター、ケークウォークとは南米から伝わりパリのモンパルナスで流行っていた黒人のダンスのこと。ジャズのもとになったリズムともいわれています。

Chgolly1.jpg
 ≪ゴリウォーグ≫

ケークウォークのリズムをドビュッシーは取り入れ、「ゴリウォーグのケークウォーク」「ミンストレル」などの作品が生まれました。ミンストレルというのは黒塗りした白人が黒人に扮してダンスや寸劇をするミンストレル・ショーのことです。
ゴリウォーグやミンストレルが広まるにつれ、それが人種差別の象徴となっていった反面、黒人音楽や文化に親しみや憧れを抱いていた白人もきっといただろうと思います。

ドビュッシーがケークウォークのリズムを取り入れるまで、西洋音楽の作曲家で黒人音楽のリズムを取り入れていた例はあまりなかったようですが、以後モーリス・ラヴェルがジャズの影響を受けたように、音楽家たちが黒人音楽を取り入れるようになりました。
人間関係ではなにかと難のあったドビュッシーでありましたが、こと音楽に関しては間口が広く、柔軟な好奇心によって表現の幅を広げていったということでしょうか^^


ゴリウォーグのケークウォーク (Golliwogg's Cake-Walk)



それにしても、ドビュッシーの時代に初めて黒人音楽が取り入れられた・・・と聞くと随分遠い昔のように感じますが、たかだか100年の歴史なのですね。。。


【追記】 ドビュッシー本人が演奏したアルバムです
Amazon→ Debussy Plays Debussy
Amazon→ Composer As Pianist
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マイケルが愛したチャイコフスキー





 ビョートル・チャイコフスキー 5月7日生まれ 


以前、ノーナリーヴスの(・・・というより、今はマイケル・ジャクソン研究家として有名になってしまった)西寺郷太氏が作曲家としてのマイケルについて解説してくれた中で、特徴の一つとして効果的にユニゾンを使うということを挙げていました。

2つ以上のパートで同じフレーズを奏でているパターンが多いということです。
例えばBeat Itのイントロでベースとギターが同じメロディーになっているような。
このような手法は小さな子どもにもわかりやすく、強いインパクトを残す反面、それが仇となって一発屋になってしまうようなリスクがあるので、普通プロの作曲家はあまり使わないのだそうです。


マイケルが好きなアーティストとしてよく名前を挙げていたのが、ロシアの作曲家チャイコフスキーですが、彼もまたユニゾンを多用する作曲家として知られています。

チャイコフスキーという人は玄人受けしない音楽家だったらしく、「俗っぽい」とか「大衆的」とか「あざとい」とかいう言われ方をしていたようです。
ただダイレクトに心に響く音を届けることによって、大衆からの受けはとてもよかったというのは、ユニゾンによるところも大きかったのでしょう。

難解なものが芸術的に優れているかというと、決してそのようなことはないわけで、わかりやすいもの、伝わりやすいものを創作するのも、芸術家の技量ではないかと思います。
まー、私が難しいことわかんないから言ってるんだけどねーwww


マイケルは評価を非常に気にする人だったと思いますが、それは専門家の意見というのではなくて、人にどれだけ驚きや感動を与えられるか、ファンが喜んでくれるかどうか、大衆からの支持を得られるだろうか、ということにより心を砕いていたのではないかと思うのです。
洗練より情熱を、技巧より情緒を大事にしていた人のように思います。

だから、マイケルがチャイコフスキーの音楽が好きだったというのは、なんとなくですがわかる気がします。



交響曲第4番ヘ短調




・・・あれ、また今日もマイケルの話になっちゃったわ(笑)。

茂木健一郎監修のクラシックアルバム





たとえば胎教にいいとか、家畜や農作物に聴かせると栄養価が高くなるとか、街で流したら犯罪が減少したとか・・・クラシック音楽にはさまざまな効能があるらしく、多方面から研究されているようですね。

そういえば脳科学の研究をされている茂木健一郎監修で、クラシックのコンピ・アルバムが発売されたこともありましたっけ。

クラシックは受け付けないという人もいるかもしれませんが、自分が美しいと思うもの、好ましいと思うもの、心地よいと思うもの・・・こういったものを愛でる気持ちは健全な心や体を作ってくれるんじゃないかなぁ~と思います。



クラシック曲の音源を探していたらなんだか眠くなってしまいました。
これも効能かしらwww
そんなわけで今日はこれで失礼いたしますzzz...


Happy Birthday!
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ヨーヨー・マは挑み続ける


↑(左)リベルタンゴはじめ、ピアソラの名曲を収録♪ 3枚とも全部欲しい


アストル・ピアソラが好きなので、下のリベルタンゴの動画は何度も観ていましたが、ヨーヨー・マがピアソラのアルバムまで出していたなんて知りませんでした。
ヨーヨー・マはクラシックの枠にとらわれずタンゴやブラジル音楽はじめ、さまざまな音楽に取り組んできました。
多くの国や人との関わりの中で彼ならではの表現力や存在感を増して行ったんでしょうね。



アストル・ピアソラ作曲 リベルタンゴ




ヨーヨー・マのあくなき好奇心や探究心、いろんなものを吸収して表現の世界に転換してゆくさまは、本当に素晴らしいなぁと思います。チェロという楽器やクラシックがすごく身近なものに感じられて、楽しみが何倍にも膨らんでゆく感じ。


ただ私がこんなことをいうのはおこがましいのですが、彼の純然たるクラシックの演奏を聴くとクラシックがやはり一番しっくりきます。



特に好きなのはこれです。

 ↓ (埋め込めなかったので^^;)

サン=サーンス作曲 白鳥
http://www.youtube.com/watch?v=zNbXuFBjncw


全然クリアな音源ではありませんが、何度聴いても泣きそうになるのは何故だろう;;
弦楽器ならではの音の揺れと、ヨーヨー・マの魂を注入するかのような演奏が胸に響きます。
いや、この時彼とチェロは一体化してるといったほうがいいのかな?
ヨーヨー・マの魂そのものであるチェロは心の震えを、そして胸の高まりを響かせ、やがて静まってゆく・・・。



・・・と、本当はここで終わるはずでしたが、ヨーヨー・マ公式サイトを覗いてビックリ!
カルロス・サンタナ、インディア・アリーとも最近共演されていました。


ビートルズのカバー(While My Guitar Gently Weeps)です。


あれっ! そういや以前紹介したサンタナのアルバム(ギター・へヴン)に入ってたんでした。

失礼しましたっ!



Happy Birthday!
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ブラームスはお好き??

←当時もビュッフェの絵が表紙だった
↑ブラームスに関してはこちらを参照


フランソワーズ・サガンの書いた小説で「ブラームスはお好き」という作品があって少女時代(←いちお、あったんだよーw)私はこれを読みました。

内容はほとんど忘れてしまいましたが、「ブラームスはお好き」という言葉がなんとも大人っぽい響きに聞こえ、何かが始まりそうな予感のする(実際始まるんだけど。。)意味深さがあって。見てはいけないものを見てしまうような好奇心で、物語に引き込まれていった記憶があります。

でもなぜブラームスだったんだろう・・・?
たしかにブラームスのしっとりと流れてゆく音楽は、フランス小説に似合っている気がします。


物語の主人公は年上の恋人と自由な関係を築きながらも、倦怠感を感じ始めた39歳の女性。彼女に恋をした25歳の青年がコンサートに誘うため、彼女への手紙に書いた言葉が「ブラームスはお好きですか?」。

ここはポップでもロックでもシャンソンでもなく、やはりブラームスというのがしっくりきます。


ヨハネス・ブラームスは同時代の作曲家たちとは少し違う路線を歩んでいました。
当時は文学的要素を盛り込んだ新しい形式の音楽が主流となりつつありましたが、ブラームスはベートーヴェンの確立した絶対音楽を継承していたのです。
絶対音楽というのは文学性や標題を排除して、音の要素のみで作られる音楽のことをいうのだそうです。

サガンが小説の中で音楽を登場させるにあたって、文学性や演劇性を感じさせるものであっては、物語の進行の妨げになると感じたのかもしれません。

激しさやクセがなく年上の女性を誘うのにふさわしい音楽として、サガンはブラームスを選んだんじゃないかとも思いました。

年上の女性で思い出しましたが、ブラームスはシューマンの妻クララと恋愛のような友情のような深い関係にありました。シューマンの死後も結婚することはなかったものの、ブラームスはクララや子供たちの面倒を見、その関係は生涯にわたって続いたといいます。二人の間で数千通もの手紙が交わされ、そこにはいたわりや尊敬、愛する気持ちが綴られていました。

・・・クララはブラームスより14歳年上で、「ブラームスはお好き」の登場人物とぴったり符合しています。

青年にとって「ブラームスはお好き」とは「あなたを生涯愛し続けます」という、ひたむきな想いを込めた言葉だったのではないかと思ったのですが・・・。

ううっ、やっぱり読み返さなきゃダメかなぁ・・・(本がないのに手探りで書いてしまった。。)

ところがサガンはかつて「ブラームスでもなんでもよかった」と発言していたそうです。
ええっ!ショック!!(笑)そうなのかぁ・・・。
いやいや、そこはやっぱりブラームスでなきゃいかんでしょっ!www

多分記者をケムにまくつもりでそう言ったに違いないんです(と、信じたい私)。
真相を知りたいが、当のサガンは6年前の今日他界してしまいました・・・。


交響曲第3番第3楽章 ポコ・アレグレット/ヨハネス・ブラームス作曲



クララも音楽家だった
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