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蓄音機の日(昨日)

〔蓄音機/トラディッショナルモデル〕部屋に一台最高のインテリア☆タイプライターに次ぐアンティーク用品♪本当に昔ながらの蓄音機ハンドルでワインディングする♪蓄音機 / トラディッショナルモデル
〔蓄音機/トラディッショナルモデル〕部屋に一台最高のインテリア☆タイプライターに次ぐアンティーク用品♪本当に昔ながらの蓄音機ハンドルでワインディングする♪蓄音機 / トラディッショナルモデル



昨日書くはずだった記事です^^;

7月31日はエジソン蓄音機の特許を取得(1877年)したので、蓄音機の日だそうです。

今やレコードからCDへ、そしてネット配信でクリックひとつで曲が買える時代になりました。
そのような媒体がなければ出会えなかった音楽と、たくさん出会えるようになったのは、尽力をつくしてくれた開発者たちのおかげといえるでしょう。

でもレコードすらなかった時代でも名曲は歌われ、奏でられていったのです。
たとえばクラシックの名曲。
誰でもが聴けるわけではなかったでしょう。
昨日聴けた名演奏が今日もまた同じコンディションで聴けるわけではないのです。
演奏する側も聴く側も緊張集中力を要求されていたのではないかと想像します。
現代では街へ出てもTVを見ていても音楽は溢れ、BGMとして様々な曲が流れ、あ、なんとなく聴いたことがある、なんて思ってもその場限りのものです。
音楽芸術というより、日常の中のそこにあって当然のもの。
でもふと、昔の人は目に見えない贅沢を体感していたんだろうなぁ、と少し羨ましく感じてしまうのです。

蓄音機に初めて接した人の感想ってどんなものなんだろう、と思っていたところ、大正11年4月の東京朝日新聞に掲載された寺田寅彦の随筆の中で触れているものがありました。

☆ ☆ ☆

蓄音機に限らずあらゆる文明の利器は人間の便利を目的として作られたものらしい。しかし便利と幸福とは必ずしも同義ではない。私は将来いつかは文明の利器 が便利よりはむしろ人類の精神的幸福を第一の目的として発明され改良される時機が到着する事を望みかつ信ずる。その手始めとして格好なものの一つは蓄音機 であろう。
もしこの私の空想が到底実現される見込みがないという事にきまれば私は失望する。同時に人類は永遠に幸福の期待を捨てて再びよぎる事なき門をくぐる事になる。(蓄音機 寺田寅彦より一部抜粋)

☆ ☆ ☆

便利と幸福とは必ずしも同義ではない。という一文に深く頷きました。
寺田さんは現代のここまでの発展は想像できていたんでしょうか?なんとなく危惧はしていたのかな、と思うような文章です。。

いろいろなものが溢れている時代だからこそ、本当に価値のあるもの、自分の好きなものを見失うことのないようにしていきたいと、あらためて思いました。

さて、少し長くなってしまったので、また明日へ続きます^^;

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